2009年9月23日水曜日

♪チョビルマン[9歌]

(デビルマン替え歌シリーズ第九弾)
(作詞・チョビる舞台のピエロすかる)

チョビルマン(チョビる男)のうた

♪ あれはぁ チョビっるっ チョビっるマァーーーーン
♪ チョッビィーーールマァーーーーーン

♪ ほーーんーーのーー わずかにぃー チョビーーるーのさーーー
♪ 歌のぉーー出だしやー  あーしぃーのーはいりーー

♪ 何がぁ 来るのかわからない、
♪ それでも何かを弾ひてみる、
♪ 予測と違った展開に、
♪ あわててコードを変えて弾く、

♪ チョーーーびぃった音がぁーーーー
♪ みーみーーーにぃーーーつくぅーーーー

♪ 舞台のぉーーー ピィエエロォーーーー
♪ チョビるマァーーーーン、 チョ・ビ・ル・マァーーーーン


---「ギターさんはたいへんだよねーーーー。わからなくなっても止まれないもんねーーーー」「踊りと歌がテンポ違ったらどうやって通訳するの?」などとギタリストには涙ものの質問をうんうんとうなずきながら受けて、「忍」の文字を額に浮かべ、黙って親指を天に立てにやけた割には、
今日も、数多くチョビって凹む我に苦悩し、それでも、その失敗が、努力と、経験と、練習と、センスと、反射神経と、場の空気を読む力のなさ、及び、フラメンコを見聞きする量の少なさに終始することをことのほか誰よりもわかっていながら、どうにかなるさと高をくくる愚かな己への自戒と自愛をこめて、自らに捧ぐ---


[注釈]
●チョびる---本来ジャストフィットする、コードやリズムがあるのに、本来好ましくない(フラメンコは即興性を重視する事が多い)予測弾きをした結果、まったくの不協和音もしくは不協リズム(足が一拍三連なのに四連と見誤るなど)がながれて、あわてて正しいコードやリズムに修正する様、、、要因としては、構成の認識・確認不足(構成をメモしていても、そのメモを見る余裕が無い場合など)、どんな歌がくるかわからないときの汎用コードの検索不足、単純など忘れによるコードの弾き間違い、などがある。
●歌の出だし---どんな歌が歌われるかまだわからない時点、
●足の入り---どんな足技が繰り出されるのかまだわからない時点、、
●なにがくるのかわからない---フラメンコの醍醐味、一発即興合わせの妙、、構成を確認していても、忘れた場合はすべてこの状態にもどる。
●それでもなにかを弾いてみる---ギターがとまることは曲が中断することである(例外もあるが、、、)。よって、わからなくとも何かを弾いていなければならない、、、反面、弾いてはいけないところで弾くのも本来は御法度、、、このシビアな弾く可否を認識できるようになるまでには、相当な経験が必要である、、、残念ながら、いまのすかるには、弾くか弾かないか、また弾くなら何を弾くか、弾かないなら次はどこから弾き出すのか?という場面をクリアー出来る確立が非常にすくない。
●チョびった音が耳につく---普通に弾いていればなんにも問題は無いのだが、チョびった不協和音的な場違いなコードは自らだけでなく、踊り手、歌い手、ひいては観客(特にギタリスト)にも嫌悪感をあたえ、誰も幸せになることはない。
わからなければ、弾かずに待つのも、テクニックのひとつである。
●舞台のピエロ---本来黒子として黒い衣装で主役の踊り手を引き立てるべき役割を担いながらも、ミスをしたことで目立ってしまったすかるのこと、、こういう時の周囲の冷ややかな視線は、肌で感じ取れるようになったのが不幸中の幸いなのかも知れない。。。

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